ティグ溶接とは何かを知ろう|基礎知識、製造現場で選ばれる理由と導入準備
第1章:ティグ溶接とは?基本の仕組みと他方式との違い
ティグ溶接(TIG溶接)とは、「Tungsten Inert Gas welding(タングステン・イナート・ガス溶接)」の略称で、非消耗電極式アーク溶接に分類される溶接方法です。母材と溶加材の間にアークを発生させ、その熱で金属を溶かして接合します。アークは、電極として使用されるタングステン電極と母材の間で発生し、その周囲を不活性ガス(主にアルゴンやヘリウム)でシールドすることで、大気中の酸素や窒素の影響を防ぎ、酸化や窒化を抑えるという仕組みです。
特徴的なのは、電極が消耗しないこと。これは被覆アーク溶接やMAG溶接など、溶接ワイヤそのものが電極となって溶ける方式とは大きく異なる点です。また、ティグ溶接では溶加材(フィラー)を手で差し込むため、作業者の技量が仕上がりに直結しますが、その分、非常に繊細かつ美しいビード(溶接跡)が得られます。
● 他の溶接法との違い
では、ティグ溶接がどのように他の溶接法と違うのか、いくつか代表的な方式と比べてみましょう。
・被覆アーク溶接(SMAW)
もっとも古典的な溶接方法で、アークの熱で溶接棒(電極)自体が溶けて接合します。屋外でも使いやすく、機材もシンプルですが、スパッタ(火花)やヒュームが多く、繊細な仕上がりには向きません。
・MAG溶接(半自動溶接)
主に鉄や炭素鋼の量産に向いており、ワイヤが自動で供給されるため高速溶接が可能です。コストパフォーマンスに優れ、工場内での大量生産に適していますが、細かい制御や非鉄金属には向きにくい側面もあります。
・レーザー溶接
高精度かつ高速な加工が可能ですが、設備コストが非常に高く、導入ハードルも大きいのが現実です。
● ティグ溶接が選ばれる理由
このように比べてみると、ティグ溶接は「高品質」「高精度」「非鉄金属に対応できる」という点で他方式とは一線を画しています。特にステンレス、アルミ、チタンなどの溶接では、ティグ溶接のクリーンさと繊細さが重要になります。さらに、溶接後の仕上がりが非常に美しいため、外観品質が重視される製品や、溶接後に研磨や再加工がしづらい部品に最適です。
● 現場での導入を考える際の出発点
ティグ溶接は、その分「手間がかかる」「熟練技術が必要」といった印象を持たれがちです。しかし、現在では自動化対応のティグ溶接装置も進化しており、導入のハードルは以前ほど高くありません。まずは溶接する素材や製品の特性を見極めた上で、「本当にティグが必要か」「どんな仕上がりを求めるか」といった観点から導入検討を始めるのが現実的です。
第2章:ティグ溶接のメリット:なぜ高品質な製品に向いているのか?
ティグ溶接(TIG溶接)は、「精密」「高品質」「美しい仕上がり」といった特徴から、品質基準の高い業界や製品で数多く採用されている溶接方式です。ここでは、実際に現場でティグ溶接を使うことで得られるメリットについて、詳しく見ていきましょう。
● 1. ビード(溶接跡)が美しい仕上がりになる
ティグ溶接の最大の特徴は、ビードが極めて美しく、均一に仕上がるという点です。アークの出力を細かくコントロールでき、また手動で溶加材を加えるため、作業者が溶融池(溶けた金属)を目で確認しながら微調整できるのが大きな理由です。
特に、ステンレスやアルミの外観品質が求められる製品(例:厨房設備、医療機器、インテリアパーツなど)では、見た目の美しさがそのまま製品価値につながるため、ティグ溶接の導入が積極的に行われています。
● 2. 精密な溶接が可能
ティグ溶接では、アークの熱源と溶加材が別々にコントロールできるため、非常に精密な溶接が可能です。これは特に、薄板や小型部品の溶接において大きなメリットになります。例えば、0.3mm以下の薄板を歪みなく溶接したい場合や、アルミ製の細かなパーツ同士を熱変形を抑えながら接合したいケースでは、他の溶接方式では対応が難しくなります。
ティグ溶接は、そうした繊細な作業に強く、狭い箇所や複雑な形状でも的確な溶接が行えるのです。
● 3. スパッタ(飛び火)が出ない
MAG溶接や被覆アーク溶接では、溶接中にスパッタと呼ばれる飛び火が多数発生します。これが製品の外観に影響したり、後処理(研磨や洗浄)に手間がかかる要因となります。
一方、ティグ溶接ではスパッタがほとんど発生しないため、溶接後の後処理が少なくて済み、作業の効率性や清潔さを維持しやすくなります。これは、衛生面が重要な医療機器や食品加工機器の製造現場では特に大きな強みになります。
● 4. 多様な金属に対応できる
ティグ溶接は、ステンレスやアルミ、チタン、銅、マグネシウムなどの非鉄金属にも広く対応可能です。MAG溶接では対応が難しい金属でも、ティグ溶接なら安定して溶接できるため、多品種・少量生産の現場や、特殊材を扱う業種に最適です。
また、異種金属の接合にも適しており、例えば「アルミとステンレス」「銅とチタン」などの特殊な組み合わせでも条件さえ整えれば対応が可能です。
● 5. クリーンな作業環境が保てる
ティグ溶接では、不活性ガスを使ってアークを保護するため、ヒューム(溶接時に発生する煙やガス)が少なく、作業環境が比較的クリーンに保てるのもメリットのひとつです。特に最近では、作業者の安全衛生管理や工場のクリーン化が重要視されていることもあり、ティグ溶接のようなクリーンな溶接方式が再評価されています。
● 高品質への要求に応える溶接法として
このように、ティグ溶接は「見た目の美しさ」「精密な制御」「多様な金属対応」「作業環境のクリーンさ」など、“質の高いモノづくり”を支えるための多くのメリットを持っています。
そのため、製品品質にこだわる業種・工程においては、ティグ溶接は単なる選択肢のひとつではなく、「品質を保証するために欠かせない技術」として位置づけられているのです。
第3章:ティグ溶接のデメリット:導入前に知っておきたい注意点
ティグ溶接(TIG溶接)は高品質な仕上がりを実現できる反面、導入や運用にはいくつかのハードルも存在します。製品品質が求められる現場ほど魅力的に映る技術ですが、「よく分からないまま導入したら思ったより扱いが難しかった」という声も少なくありません。ここでは、ティグ溶接の代表的なデメリットと、それを踏まえた現実的な対策について解説します。
● 1. 作業者に高度な技術が求められる
ティグ溶接は、アークと溶加材を別々に操作するため、高い手先の器用さと経験に基づく溶融池の見極め力が必要です。熟練者であれば繊細かつ美しいビードを形成できますが、初心者が扱うとアークが安定しなかったり、溶け込みが浅くなったりするリスクがあります。
特に薄板や非鉄金属など、熱影響を受けやすい材料の溶接では熟練度の差が如実に現れるため、ベテラン技術者がいるかどうかが導入成否を分けるポイントになります。
● 2. 生産スピードが遅い
ティグ溶接は、丁寧で精密な作業が求められる反面、他の溶接法と比べて作業速度が遅くなりがちです。溶加材を手動で供給する分、連続作業が難しく、量産工程には不向きな場合があります。
例えばMAG溶接ではワイヤ供給が自動化されているため、大量生産ラインに適していますが、ティグ溶接はそうしたスピード感よりも“精度優先”の工程に向いているのです。
そのため、「ティグ溶接はどの製品に適しているか」を見極めずに、すべての工程に一律で導入してしまうと、かえって生産効率が落ちてしまうリスクもあります。
● 3. 設備コストが高め
ティグ溶接機は、基本的に高周波発生装置や水冷装置、アルゴンガス供給装置などが必要になり、初期導入費用が比較的高くつきます。また、使用する不活性ガス(主にアルゴン)はコストがかかるため、運用面でもランニングコストが発生する点は見逃せません。
加えて、溶接トーチや電極などの消耗品も定期的に交換が必要となるため、「導入後の維持コスト」もあらかじめ試算しておく必要があります。
● 4. 屋外作業に不向き
ティグ溶接は、アルゴンなどのシールドガスでアークを保護する方式のため、風が強い屋外や換気が悪い現場ではアークが乱れやすく、安定した溶接が難しいです。そのため、主に工場内や風の影響を受けない屋内作業に限定されることが多いです。
屋外施工が多い建築現場やインフラ工事では、被覆アーク溶接やMAG溶接の方が現実的な選択肢になるケースもあります。
● 5. 教育・育成に時間がかかる
先述の通り、ティグ溶接は操作の自由度が高い分、習得に時間がかかります。短期での即戦力化が難しいため、計画的なOJTや技術研修の体制が求められるでしょう。
また、習得した作業者のスキルが製品品質に直結するため、離職や異動によって技術が属人化してしまうリスクもあります。技術の“見える化”やマニュアル整備、社内資格制度などの対策が求められる場面も増えています。
● デメリットを理解した上で、“戦略的に使う”という発想を
ティグ溶接には確かに難しさや制約もありますが、その特性を理解して「どこに使うべきか」を見極めれば、非常に価値の高い技術です。無理に全工程に適用しようとするのではなく、「ここは品質重視だからティグ」「ここは生産性重視でMAG」といった“戦略的な溶接工程設計”が鍵になります。
導入前には、対象となる製品、必要な品質水準、作業環境、作業者のスキル状況などを総合的に評価し、ティグ溶接が本当にフィットする部分に絞って活用することが、現場運用を成功させる第一歩となります。
第4章:ティグ溶接が活きる用途・素材とは?
ティグ溶接(TIG溶接)の最大の強みは、高品質かつ繊細な溶接が求められる製品や素材に対応できることです。特に、非鉄金属や薄板などの扱いが難しい素材、または外観や衛生面での美しさ・清潔さが求められる分野においては、ティグ溶接がほぼ一択となる場面も多くあります。
ここでは、ティグ溶接が現場で活きる具体的な素材と用途について、代表的な例を交えながら紹介します。
● 対応可能な素材とその特性
ティグ溶接は非常に多くの金属に対応可能ですが、特に強みを発揮するのが以下のような非鉄金属や薄板素材です。
・アルミニウムおよびアルミ合金
アルミは熱伝導性が高く、酸化被膜が形成されやすいため、他の溶接法では扱いが難しい素材です。しかしティグ溶接では、交流(AC)モードを使用して酸化膜を除去しながら溶接できるため、強度と外観の両立が可能です。航空機部品や自転車フレーム、軽量構造体などで多用されています。
・ステンレス鋼(SUS304・316など)
ステンレスは外観品質と耐食性が重視される場面が多く、ティグ溶接との相性が非常に良い素材です。熱による変色を抑えつつ、美しいビードを形成できるため、食品機器や医療機器などの衛生分野で高く評価されています。
・チタン
チタンは軽量で高強度ですが、大気中で酸素と反応しやすく、非常にシビアな溶接管理が必要です。ティグ溶接では、不活性ガスでしっかりシールドできるため、酸化を防ぎながら強固な接合が可能です。医療用インプラント、航空宇宙機器、レース用パーツなど、ハイエンドな分野で活用されています。
● ティグ溶接が求められる代表的な用途
次に、実際の製造現場でティグ溶接が導入されている主な業界・製品分野を見てみましょう。
・医療・理化学機器
内視鏡や手術器具、研究用容器など、衛生性・精密性・耐腐食性が求められる製品において、ティグ溶接は不可欠です。小型かつ精密な部品を扱うため、繊細な溶接技術が評価されています。
・食品加工機械・厨房設備
食品を扱う装置では、溶接部にスキマやバリを残さず、洗浄性が高く衛生的であることが必須条件です。ティグ溶接のビードの美しさとスパッタの少なさが活きる典型例です。
・航空・自動車・バイク分野
軽量かつ高強度が求められる構造部品、フレーム、排気系パーツなどに、アルミやチタン合金を用いた高精度溶接が必要とされます。とくにモータースポーツでは、品質と強度のバランスが重要で、職人技が光る場面です。
・装飾・インテリア・建築金物
手すり、パネル、看板、家具など、溶接箇所が“見える場所”になる製品でもティグ溶接は活躍します。ビードの美しさはそのまま製品価値になるため、職人の技術がダイレクトに評価される分野です。
● 少量多品種・試作開発との相性も抜群
また、ティグ溶接は手動制御で自由度が高いため、少量多品種の試作品やカスタム品の製造にも適しています。自動化された溶接ラインでは対応が難しい複雑形状や、一点モノの製作などに強く、試作~改良~本生産までのスムーズな立ち上げに貢献します。
● 「うちの製品に合うか?」を判断するポイント
もし自社でティグ溶接の導入を検討している場合は、以下のようなチェックポイントで検討してみるとよいでしょう。
- ・製品の素材に非鉄金属や薄板が多いか?
- ・見た目の美しさや仕上がり品質が重視されるか?
・少量多品種またはカスタム品が多いか?
・衛生・耐食性などの機能要件があるか?
これらの条件に3つ以上当てはまる場合、ティグ溶接の採用が製品力・企業力の向上につながる可能性が高いと言えます。
第5章:ティグ溶接を現場で導入するために必要な準備とポイント
ティグ溶接(TIG溶接)は、素材や製品によっては欠かせない高精度溶接技術ですが、いざ自社工場で導入しようとすると、設備投資・人材育成・品質管理といった複数のハードルが立ちはだかります。
ただし、それらの要素をあらかじめ整理して準備しておけば、スムーズな導入と安定運用につなげることが可能です。ここでは、現場でティグ溶接を導入・活用するために必要なステップとポイントを解説します。
● 1. 必要な設備とその選定ポイント
まず初期導入に必要なのは、以下のような設備です。
- ・ティグ溶接機本体(直流/交流の切替可能モデルが理想)
・タングステン電極
・溶加棒(母材に適した素材)
・不活性ガス供給装置(主にアルゴンガス)
・トーチと冷却装置(水冷式 or 空冷式)
・換気装置や作業テーブルなどの作業環境
特に重要なのが、溶接機本体の仕様とトーチの選定です。たとえば、アルミ溶接には交流(AC)モードが必要になるため、AC/DC両用機を選ぶことが望ましいです。また、水冷トーチは連続使用に強く、長時間の作業や厚物材にも対応できます。
● 2. 作業者のスキルと教育体制
ティグ溶接は機械任せではなく、人の“手の感覚”が仕上がりに大きく影響する技術です。そのため、経験の浅い作業者にいきなり任せるのではなく、以下のようなステップで育成するのが効果的です。
- ・熟練作業者によるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)
・外部講習会・溶接協会などの専門研修の受講
・社内での技術評価制度(社内認定制度など)の整備
・溶接条件や手順の「見える化」マニュアルの整備
ティグ溶接は“慣れ”だけでなく理論的な知識(電流・アーク長・シールドガスの流量など)も理解していることが理想的です。育成にはある程度の時間がかかることを前提に、中長期的な視点での人材計画が重要になります。
● 3. 品質管理体制の構築
ティグ溶接は高品質が求められる場面で多用される分、製品不良がそのまま大きなトラブルにつながるリスクも高いです。溶接工程を安定させるためには、以下のような品質管理体制が必要になります。
- ・毎回の作業条件(電流・ガス流量・電極状態など)の記録
・定期的なトーチ・電極の点検と交換ルール
・ビード外観、溶け込み深さ、内部欠陥などのチェック方法
・X線検査や浸透探傷検査(PT)などの非破壊検査体制(必要に応じて)
また、不具合が発生した際のトレーサビリティ(誰が、いつ、どんな条件で溶接したか)を確保する仕組みも重要です。
● 4. 外注との比較検討も重要
全てを内製化するのが難しい場合、外注業者への委託という選択肢も視野に入れるべきです。特に、少量の試作や一時的な人手不足などでは、専門のティグ溶接事業者に依頼する方がコストパフォーマンスが良いケースもあります。
ただし外注する場合でも、仕様書・図面・溶接指示の精度が重要になるため、社内に基本的な知識を持った担当者を置くことは必須です。
● 5. 安定運用のためのポイントまとめ
ティグ溶接導入の成功は、「導入して終わり」ではなく、長期的に安定して運用できるかどうかにかかっています。そのために押さえておくべきポイントは以下の通りです。
- ・導入前に製品・用途の適合性を見極める
・初期費用・ランニングコストの見積もりを正確に
・教育体制と品質管理体制をセットで構築
・必要に応じて自動化装置や位置決め治具の活用を検討
・長期的な視点で「人」と「技術」を育てていく
● ティグ溶接は“技術と体制”の両輪が成功のカギ
ティグ溶接は、ただ機械を導入すれば使える技術ではありません。設備と人材、管理体制という3つの柱がそろって初めて、本来の性能を発揮できる技術です。
高品質な製品をつくるために、「どう使いこなすか」を考えながら導入を進めていくことが、現場におけるティグ溶接の成功を左右する最大のポイントです。